井上義衍老師語録 ①
井上義衍老師の書
東川院庫裡床の間の井上義衍老師の書
東川院庫裡床の間の井上義衍老師の書
井上義衍老師の書 示衆
井上義衍老師の書 遺偈
 私も、もういつ往くか分かりませんから、遺偈が作ってあるのです。
  
「虚空空を打す 幾百億年 好天好天 我が行脚の日」
  
 何がどこで何をしているのか分からんですがね、縁に触れればコツンと(老師黒板をコツン、コツンと打って)何にでもなりながら、どれにも居られんのです。今、何が何をしているかといって、本当は分からんです。「虚空空を打す」という、虚空そのものがしゃべっている、虚空そのものが動いているのです。一切の活動が皆そうでしょう。初めからそういう風な状態が幾百億年となく、過去無量劫から私ども行われて来ているのです。幾百億年となくそういう風に出来ている。
 
 「幾百億年」私は幾つなのか分からんのです。人間として生まれて来るまでの、これ(身)の存在は、いつ出来たのか分からんでしょう。それの存在が今日なのでしょう。それだから世間一般のように、七十とか八十とか、そんなケチなことは言わんのです。「虚空空を打す」空が空を使っているのでしょう。何もないものがないなりに活動しているのでしょう。

 手を動かしてご覧なさい。有ったのか無かったのか分からんでしょう。ここ(手の動く前)に基点を置いてみるから、それが動いたというのでしょう。それは常識でしょう。ところが、この内容はご覧なさい、(老師手を動かして)ここから始まったのか、どこから始まったのか、一つも分からんでしょう。どことも、かしこともない、ただズゝゝゝゝと始まった。みなそのように出来ているでしょう。自分一人きりじゃなくて、すべての人がそうなんです。

 幸いに、今日は天気が好いな、行くのに最も都合がいいなと、さようならをして行く様子です。「行脚」私がこれから旅立つのです。こうして来たのだけれども、今日は天気が好いから出掛けますよということです。

(これは、昭和55年6月埼玉伝灯会摂心で、老師が話されたものです。井上義衍老師は昭和56年3月2日、御遷化されました。満88才8ヶ月)